・現代歯科医学にルネッサンスを

歯科では機械的性質を重要視する傾向が強く、中林は生物学や化学の知識が歯科を学んできた人々の中に欠落していることに問題があると考えてきた。歯科の人々は歯が丈夫な構造物であると信じている。なるほどエナメル質が健全である歯は丈夫である。自然が与えてくれた身体の中でもっとも硬い組織がエナメル質である。しかし、丈夫であるのに何故う蝕に罹患するのか。これに対する解析をしてこなかった。また生体組織は細胞からなり、細胞は細胞膜で守られてイノチを育んでいるという理解が歯科にあったか疑問なのである。
どうやら歯全体がエナメル質と同じ硬い丈夫な組織であると理解していたようである。エナメル質と象牙質を区別することはつい最近まで気付いていなかった。高齢の臨床家は今でも歯を歯という唯一の構造物と信じている。硬いがもろいエナメル質はDEJを介して柔らかい象牙質で支えられているからこそ丈夫な組織である点まで理解してこなかった。歯科医学は、科学が十分発達していなかった時代の影響が今日でも残っているのではないか。例えば抜歯しても姿かたちは生活歯と変化ないし,抜歯窩は出血して治癒する。すると抜歯前の歯も生きていなかったのではないかと誤解する可能性があった。宗教色が強かった時代にはガリレオの地動説は否定されたが、天動説では宇宙開発など考えられないのは当然である。

歯科にルネッサンスが必要なのではないか
歯の硬組織は大きなヒドロキシアパタイトの結晶が緻密に並んでいるエナメル質の構造が生物の進化の過程で必要であったし、歯は原則再生しなくて一生使える組織として自然が人類に与えたと想像する。 細胞膜に相当する歯の組織がエナメル質であるのではないか。私達のイノチと身体を守る組織が皮膚である。皮膚の3分の1が熱傷で損傷を受けると死が待っている。さて歯の最外層の細胞膜に相当するエナメル質を削り去ってよいか。細胞膜や皮膚と同じ機能を持っているという発想は皆無であった(歯を生きた組織として考えられなかったし、科学を正しく理解してもいなかった)。 現代歯科医学がう蝕を治癒に導けないのは、人類に進化してきた過程で、丈夫なエナメル質で守れば傷を受ける可能性は低く、自己治癒する機能を歯に与えなくても十分であると自然が選択したのではないか。自己治癒能を与えなくても進化の過程で人に進化できた生物は絶滅しなかった。この自然の選択(恵み)を理解しなければ(科学を理解せずに自然の掟に逆らうと)その生物は絶滅するのではないか。現在の歯科が病んでいるとしたら、自然は歯を殺そうとしていることに我われは気付く必要があるのではないか。人類は自然の想定外の行動、例えばバーで歯のイノチを守るべきエナメル質を削る、だからエナメル質を失った歯は自然の掟どおり死(抜歯される)への道を歩む可能性が高い(治らない、治せない!)。
残念ながら科学の一翼を担えるほど、現代歯科医学は進歩していないのではないか。人工エナメル質で一時的にでも自然の掟に対抗できる可能性が生まれている。エナメル質を失っても歯は細胞培養で作られた人工皮膚(皮膚に生着できる)と同じような機能(不潔な口腔内環境から歯を区別できる)を人工エナメル質は持っている。単純な個体であるので、歯はこれで死を免れる可能性があると考えたい。
抜歯以外に歯の治療法はないのか。自己治癒力がない歯の組織を大切にするには生物学や化学を駆使して歯を理解したい。例えば下記に示すように、歯の硬組織を形成しているヒドロキシアパタイトは塩基性であるので、酸と反応して酸のカルシウム塩と中性のリン酸カルシウムに変化する(中和反応)が、中性のリン酸カルシウムは酸とは反応しない。
塩基性Ca10(PO4)6(OH)2 + 酸 = 酸のカルシウム塩+H2O+ Ca3(PO4)2
中性  Ca3(PO4)2 + 酸 = 反応しない

[安田理事長のコメント]
これは何を意味しているかお分かりであろうか? 口腔内の細菌が酸を産生してエナメル質を脱灰することによってう蝕が始まるが、それは化学式で表せば単なる中和反応にしかすぎないことが、そして同じ酸にさらされても、同じようにリン酸カルシウムと表される歯石がなぜ解けないかの道理である。この様に化学の知識を持っていれば口腔内における現象が簡単に理解されるはずである。詳細は「中林が斬る」のバックナンバー「化学の知識で歯と口の健康を守る」(その1〜3)をもう一度読み直していただきたい。