・象牙質への接着

歯質を含め生きている生体組織に人工材料を接着できないとするのがバイオマテリアルの研究をしてきた中林の常識である。修復物が脱落するか否かで接着の議論がされているだけで、そこでは接着力の大きさだけを追い求めているし、接着耐久性が要求される。接着の議論の前に修復物の脱落の原因を後世の人々にきちんと説明できるのか筆者は歯科界の先生方に問いたい。修復物の脱落の原因を筆者に説明できない人々に象牙質への接着機構を説明して欲しいと求められる筆者は無念さを感ずる。

被着体が歯科材料である場合と、生体組織である場合ではきちんと区別すべきである。歯質への接着についてもエナメル質、象牙質、エナメル象牙境では異なる被着体としたい。組成の異なる被着体を同じ接着メカニズムで議論できればよいが正確には難しい。象牙質についても、象牙質自体組成が変化しているために問題を抱えている。

玉石混交の研究結果から、可能な限り正しいデータを選びながら後世に過ちを指摘されないように2005年における象牙質への接着の現状を考えたい。樹脂含浸層で象牙質への接着が可能になったと皆さん説明している。レジンを含まない樹脂含浸層から、レジンが消えたという論文まである。筆者らの樹脂含浸象牙質の発見は、象牙質の接着が可能になったというよりは、正確には口腔内で不安定な露出象牙質の安定化法が見出されたと訂正すべきである。生体組織である象牙質への接着は不可能であるが、象牙質表層部にできた樹脂含浸象牙質に欠損歯のリハビリテーションとして歯科材料を接着できるようになったと説明したい。

エナメル質への接着法が開発され、歯科矯正では日常的に活用されている。この成功をベースに象牙質にも接着できるはずであるとしたことは歯科では当然であろう。エナメル質への接着が議論され始めた時代は、エナメル質と象牙質を区別してう蝕の治療に当たっていたか疑問である。修復物の脱落を防止するために接着を導入したいと考えた歯科医学の前提に誤りがあったのではないか。確かに歴史的に歯科の目で眺めると理解できたと納得しても、実はエナメル質へのリン酸亜鉛セメントによる臨床成績がうまく推移するのに、何故象牙質が露出した場合には哀れであったか、この重大な違いを理解せずに象牙質接着を議論してよいか、中林という化学者は今責任を感じている。それよりも、象牙質への修復に信頼を持てなかった時点で、その原因を科学的に追求すべきではなかったか。修復物をいくら改良しても解決策に結びつかなかった過去の事実(エビデンス)を歯科関係者は猛省する必要があろう。その挙句に接着に頼ろうとした発想に筆者は疑問を感ずる。これは歯科医学全体の科学レベルに関連している可能性すら感ずる。人々の健康を維持するのが責務である歯科医療関係者の責任は重大である。今アスベストによる中皮腫患者の発生が社会問題になりつつあり、政府も対策に苦慮しているように感ずる。う蝕罹患患者の数から見ると、う蝕の治療を確実にできるか否かは、国が認めたう蝕罹患歯の治療を行うために歯科医師にライセンスを与え、これを行わせているだけに国の責任は重大ではないか。中皮腫で亡くなられた技工士さんがおられるとの新聞報道をみるにつけ、科学の人類への貢献を正しく理解しないといけないと痛感する。