・安田理事長のエッセー「歯科医 つれづれ記」(読売新聞夕刊)の16回目が掲載されました

安田理事長が読売新聞夕刊に連載しているエッセー「歯科医つれづれ記」の16回目が掲載されました。
今回は、「唇閉じて 歯はかまない」です。どうぞご覧になってください。
http://www.yomiuri.co.jp/iryou/medi/karadaessay/【YOMIURI ONLINE】

【歯科医 つれづれ記】
唇閉じて 歯はかまない
 寒さも和らぎ、やっと春の気配が見え始めたころ、象牙質知覚過敏(ぞうげしつ)と歯の腫れに悩まされた。その影響で肩は痛いし、首はこるわで散々だった。医者の不養生を絵に描いたようで、実に恥ずかしく、しかも情けなかった。お陰で折角の友人との会食も、女房の手料理もちっとも美味(おい)しくなかった。患者さんの苦しみが改めて理解できた次第である。


 今の歯科医療は生物学的アプローチが全盛である。つまり歯科における二大疾患であるむし歯と歯周病は、いずれも口の中にいる細菌が関係し、その細菌を駆除、あるいはコントロールできれば、すべて解決すると考えられている。だから、口の中の細菌の固まりであるプラーク(歯垢(しこう))を除去する、プラークコントロールが重要であるとされている。歯磨き、歯間ブラシ、フロスを使用して徹底的に口の中をきれいにしなさいと、私自身もこの欄で幾度となく解説してきた。


 もちろん、それは間違いではないし、今でも二大疾患の予防の一番の選択肢である。この生物学的アプローチは、歯科治療が長年行ってきた機械的アプローチへの反省であり、反動でもある。むし歯は削って詰めれば治ると信じられていたし、歯が抜けても正確に削って、精密なブリッジを入れれば、元のように復元すると、歯科医も患者さんも信じていた時代への反動である。


 ところが、長年患者さんを拝見していると、どうもプラークコントロールだけでは解決しないいくつかの症状があることに気がついた。プラーク一つないきれいな口なのに、むし歯のように冷たいものや、熱いものにしみる症状を呈していたり、まるで歯周病のように歯がぐらついていたりするのである。


 こういう症状を呈する患者さんの多くが、働き盛りのサラリーマンであったり、受験を控えた子供を持つ主婦であったりする。こうなれば、心因性ストレスを含めたストレスの影響が大きいことは、容易に想像できた。ストレスにより知らず知らずに歯を食いしばり、さらには夜間睡眠中の歯軋(ぎし)りへと発展していく。その揚げ句、歯を守る大切なエナメル質が欠けたり、ひびが入ったりして、下部の象牙質に影響を及ぼして知覚過敏を呈する。歯が丈夫だと、歯を支えている歯槽骨(しそうこつ)を壊して、細菌が原因ではない歯周病をおこす。


 日本には古くから、歯を食いしばって頑張りますなんて言葉があるが、歯は食事で咀嚼(そしゃく)するとき以外は噛(か)んではいけないのである。爪(つめ)をかじるのも、鉛筆をかじるのももちろんいけない。歯でビンの栓を抜くなんて冗談でもやってはいけない。噛みしめる癖のある人たちに、歯科医の中では知る人ぞ知るおまじないがある。「唇閉じて、歯は噛まない」。心当たりのある方は是非実行して頂きたい。


 (東京クリニック丸の内オアゾmc歯科医長、次回は4月11日です)

プロフィール
安田 登 やすだ・のぼる
  1969年東京医科歯科大卒。パリ大学留学、第一生命日比谷診療所、東京医科歯科大臨床教授を経て東京クリニック丸の内オアゾmc歯科医長。

(2008年3月28日 読売新聞)